人間という名のライオン

ライオンの彫像から始まったはずが

銀座三越入り口に二頭のライオンの彫像がある。ライオンの彫像の顔やたてがみというものが、よく話題となる。神社に立つ狛犬という想像上の生き物の像とどちらに価値があるか? という戦争をしているようだった。ライオン像対狛犬では、ライオン像にかちがあるようだった。大仏や観音像になるとライオン像より価値があると言われているらしい。 負けたことがない!という友人が実は観音像であったことに驚愕したのは、ごく最近のことだ。女らしいと鼻を明かした日本おいものの正体であった。 AKBかFLOWERかだと思っていただけに驚きは大きかった。観音様が女のように見えるだけで女などいなかったのか!!!と目から鱗がポロリとこぼれ落ちた瞬間であった。 像というものの人となりということが話題となった。肉というものがいかに貼り付けられ、いかに女らしい風情を獲得するものであるか。詐欺や詐称というものは、当事者同士の内密の話である。 フェイクニュースが血祭りにしているのは、観音様や小便小僧のような像というものの人となりから生じるトラブルによるのである。像という彫像のようなものが時に芸術作品であることもある。 国が問題解決にあたる時、そうした芸術作品が俎上にのぼるようだった。一体、一般女性一人が世界に勝利するために芸術作品である彫刻までが加勢し敵になるとは、世界というものは何でできているのやら疑うことにいとまがない。 勝利したはずの一般女性が、あたかも窃盗犯のような口ぶりとはこれはなんなのであろうと疑問ばかりが膨らんでいった。

ライオン像の肉はライオンの肉で

きちんとしないと気が済まないというばかりではない。兎角、動物というものは秩序を忘れがちである。人間というものにいい影響を及ぼすものとして全部動物だった!!!!と驚愕したものが、日本人というものに受け入れられていた。 人間より高く飛ぶことができ、人間より早く走れる。魔法や奇跡と時に呼ばれる力が確かにあった。奇跡と呼ばれていてもやはり動物だ。 生活に入り込んでは大変だと、インターネットカフェを初めとする所在をなくすものが動物というものを締め出しているようだ。家族が決まりました!と言ってペットとして所在を獲得した動物は、締め出された動物群において悦に入り甘えと言って犯罪者となっている。ストーカーという犯罪であるが、 ペットの場合より異常を極め窃盗が後を絶たずトラブルが頻出している。自分が飼っていないことで防ぎきれないことや1匹飼っている間に全部犯人になってしまうよほどの窃盗が起きていたらしいことで、動物は逮捕されないという犯人のお見込みというものはどこまで続くのだろうとゾッとする話ばかりだ。 そこで肉ごときで人間を潰して練りこまれてはたまったものではない!!!と思い、ライオン像の肉付けはライオンの肉で!!!ということを押し切っているのである。 異種間の交換や種別という区分けの交換を持ちかける人が存外に多く、見かける動物でもそうした不自然な交換を見ることがある。人間に起きれば死刑は間違いなく動物にやるよう勧める理由は、そこにある。

百獣の王ライオンという野生の本能

銀座三越でお買い物をしていたはずが、早稲田大学専用フロアなどとい珍妙でヤクザ的な寄りつきたくないフロアが絵きる頃には、どういうわけか野生のライオンが王者であることをひけらかしていた。 王者であること。1位、1番であるということで通用する世界の覇者となろうということのようだった。だが、動物がいかなるものを獲得しても、人間とは違う。 相手を殺して勝った!勝利者だ!と思うライオンと違い、人間であればそこに責任なり犯罪として服役するなりという結末となる。 日本人が、ある時皆動物!となり個人攻撃の様相となった理由は、勝者というものがライオンだったことによるのではないだろうか。 着ぐるみなどの演出から着ぐるみを着ているものばかりが人間じゃないか!!!!!と仰天される異端としていたのであるが、全部動物という集合に異端として着ぐるみを着ている人間がいることで、ちょっと普通とは思えないようなトラブルが続出した。 お前のせいだ!お前がいるから起きるのだ!!という地響きのような動物の合唱は、全部動物という集合に着ぐるみを着た人間がいたことにより異分子が敵だ!異分子を締め出せ!!!という人間を妻弾くような声となるのであった。 ズーッといつも!などというわけのわからない我が儘の顛末は、精神病院の患者を一人張本人に似せるというものであった。 悲しい出来事の顛末のような止まらない性具がとうとう動物ではなく精神病院の一患者でしかなかったという顛末となった。 首を吊ってぶら下がったまんま器具を止めないだなどとは、なんの我儘なのであろうか?

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